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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)1820号 判決

控訴人 中野一郎

被控訴人 石渡静江

主文

原判決中控訴人に関する部分を取消す。

横浜地方裁判所昭和三〇年(ヨ)第四〇二号仮処分申請事件につき、昭和三〇年六月二〇日同裁判所がした仮処分決定中、控訴人に関する部分を取消す。

被控訴人の控訴人に対する本件仮処分申請を却下する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、主文同旨判決ならびに右仮分決定の取消につき仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上、法律上の主張、証拠の提出、援用および認否は左記のほか、原判決事実らんに記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

控訴代理人は、

一、被控訴人は控訴人に対し横浜地方裁判所昭和三十年(ヨ)第四〇二号不動産仮処分決定の申請をし、同裁判所は昭和三十年六月二十日右申請を容れ、被控訴人に金五万円の保証をたてしめた上、控訴の趣旨に掲げる通りの仮処分決定をした。

二、右仮処分の本案訴訟は被控訴人が原告となり、控訴人の外藤沢税務署長、及び鈴木留吉を共同被告として(一)藤沢税務署長が控訴人に対する国税滞納処分として本件家屋を公売に付し、昭和三十年三月三十日鈴木留吉がこれを公買したことの無効確認(二)右鈴木留吉のその所有権取得登記の抹消(三)被控訴人に対するこの家屋についての所有権取得登記、抵当権設定登記、所有権移転請求権保全の仮登記の回復登記を求めるものである。

三、右公売処分が無効であるとする被控訴人の根拠とするところは(一)滞納者たる控訴人の依頼により鈴木留吉がその名において公買したものであるから国税徴収法第二十六条に違反する(二)公売価額が市価よりも低廉である。

との二点である。

四、右本案訴訟同裁判所昭和三十年(行)第六号事件として提起されたが昭和三十一年七月十四日被控訴人の請求はすべて棄却する旨の判決が言渡された。

五、控訴人及び鈴木留吉は前記仮処分に対して異議の申立をしたが、原裁判所は保証金を僅かに増額して右仮処分を認可したのである。

六、然しながら左記理由により右仮処分の認可は失当であるからここに控訴するものである。

(イ)  右本案訴訟においての被告藤沢税務署長及び鈴木留吉に対する関係は兎も角とし、控訴人に対しての公売処分の無効確認は明らかに法律上利益を欠くものであり、登記の抹消並に回復については控訴人は被告たる適格のないものである。

(ロ)  控訴人としては被控訴人に対して債務を負担し、本件家屋にこれが担保として抵当権を設定したことは認めるが、これがために控訴人はこの家屋の使用収益はもとより、占有権の移転、所有権の処分について制限を受ける謂れなく、仮令占有権が移転し、所有権が移転その他の処分がなされるとも抵当権は家屋の所在について追従するが故に抵当権者に損害のあるべき筈はない。もし被控訴人において本案訴訟に勝訴すれば被控訴人は抵当権を回復するに過ぎず、抵当権者として控訴人の占有その他の制限を加うることはできない。

(ハ)  殊に公買人たる鈴木留吉に対して右家屋についての一切の処分を禁ずる仮処分がなされているのであつて、被控訴人の権利保全としてはこれにて十分であり、控訴人の占有まで剥奪する仮処分は権利保全の範囲を著しく逸脱するものである。

(ニ)  控訴人は約七十五万円に上る国税を滞納したため本件家屋を公売されたのであるが、この家屋については被控訴人の抵当権よりも先順位に訴外鈴木さわが元本参拾五万円の抵当権を有し、その登記がなされているのであつて、既に同人から本件公売に当り配当加入の申立がある故にこれと滞納額とを合せれば元本額だけでも百万円を超え、利息を加算すれば百数十万円の債務を負うているのであつて、仮りに本件公売が無効と確定し、再び公売に付せられることになつても、次順位の被控訴人の債権まで満足するような価格を以て公売されることは到底考えられない状況にある。従つて原判決のいうが如く抵当権者として本件の如き仮処分が許されるとしても明らかに権利の濫用である。

(ホ)  原判決は前記訴訟における被控訴人の執行保全のため本件の如き趣旨の仮処分は許されると説明しているが、被控訴人は右に述べるが如く公売の無効確認、鈴木留吉の所有権取得登記の抹消、及び抵当権等の回復登記を求めているに過ぎず仮りに被控訴人が勝訴すれば既に鈴木留吉に対する前示仮処分が為されている以上控訴人に対して占有を奪い、執行吏をして保管せしめないと本案判決の執行の不能を来たし又は著しく困難を生ずる虞あるとは到底考えられない。

(ヘ)  控訴人は公売の結果本件家屋の所有権を失つたので、公買人たる鈴木留吉に対して家屋を引渡す義務を負うものであり、本件仮処分以前に家屋の大部分を鈴木留吉に引渡し、階下の一室を控訴人が他へ移転先を求める間暫時明渡の猶予を懇請していたものであり、仮処分当時には控訴人は右一室を占有していたに過ぎない。

(ト)  何れにせよ被控訴人は本件第一審訴訟において全面的に敗訴した今日において依然仮処分を維持すべきではない。況んや控訴人に対する本案の請求の趣旨自体に照しても被控訴人請求は第二審に至るも許容されるものではないことが明らかであるにおいておや。

と述べた。

理由

被控訴人(本件仮処分債権者)の控訴人(本件仮処分債務者)にたいする仮処分の請求および仮処分の理由たる事実の要旨は、被控訴人は控訴人に対し、昭和二九年六月一〇日貸付、元金十五万円弁済期同年七月一〇日、利息年一割毎月末日払、期限後の損害金百円につき日歩金五十銭、控訴人所有の本件建物(本判決目録記載建物)に抵当権を設定し、かつ右債務の不履行を停止条件として本件物件を代物弁済として取得する貸金債権者であり、右抵当権設定登記ならびに右停止条件付所有権取得請求権保全の仮登記がなされたものであるが、右建物はすでに昭和二五年五月一九日大蔵省のため国税滞納処分による差押がなされていて同月二二日その登記があり、藤沢税務署長による公売処分の手続が進められたところ、控訴人は原審共同仮処分債務者鈴木留吉と共同して本件建物を他に有利に処分することを画策し、鈴木はその名義をもつて昭和三〇年三月三〇日公売処分において本件物件を買受け、控訴人のためその代金を立替え支払つた、しかし、かような鈴木の本件物件の取得は国税徴収法第二六条の、「滞納者は直接と間接とを問はず、その売却物件を買受けることをえず」という規定に違反し無効であり、右公売処分によつては被控訴人の同物件にたいする抵当権及び条件付所有権取得の権利は消滅しないものであるところ、右物件につき同年同月三一日鈴木留吉のため所有権取得登記がなされ、被控訴人の抵当権取得登記および停止条件付所有権移転請求権保全の仮登記は登記官吏により職権をもつて抹消され、被控訴人が本件物件の上に有する権利が害されるにいたつた、そこで被控訴人はこれらの権利にもとずいて控訴人鈴木及び藤沢税務署長に対して前記公売処分の無効確認、鈴木のためになされた所有権取得登記の抹消登記手続、および前記のとおり抹消された被控訴人のための前記抵当権および条件付所有権移転請求権保全仮登記の各回復登記手続を求めるため訴を横浜地方裁判所に提起したところ控訴人は鈴木名義をもつて本件建物の改造工事に着手し、また第三者にこれを賃貸し、あるいは他に処分することを交渉中である、よつて、他日被控訴人が右本案訴訟において勝訴の判決をえても右のごとき目的物件の現状変更により前記被控訴人の権利の実現につき著しい困難を生ずるから、控訴人が本件建物にたいする占有を他に移転することを禁止する旨の仮処分を求める、というのである。

控訴人にたいして被控訴人がその主張のような貸金債権を有し、かつ右債権確保のため本件建物につき抵当権設定登記を受けてその登記をへたことは当事者間に争がなく、右抵当権設定と同時に期限に右債権の弁済のないことを停止条件として右物件を代物弁済として取得することを約し、同契約による所有権移転請求権保全の仮登記をへたこと、本件建物につき被控訴人主張のような国税滞納処分による差押がなされ、その後原審共同仮処分債務者鈴木留吉が公売処分によつて同建物の所有権を取得したものとし、その旨の登記があり、被控訴人の前記抵当権及び条件付権利が右公売処分により消滅したものとしてその抵当権取得登記と所有権移転請求権保全の仮登記とが、いずれも抹消されたことは控訴人の明らかに争はないところであるからこれを自白したものとみなす。しかして右公売処分が無効であり、鈴木留吉は本件物件の所有権を取得せず同物件はいまだ控訴人の所有に属し、したがつて被控訴人の抵当権および条件付権利も消滅するものでないことについては疏甲第四、五、六、九号証をあわせると一応の疏明があると認められること、原判決理由に説明のとおりであるからここにこれを引用する。ただし、本件仮処分申請事件の本案訴訟については昭和三一年七月一四日横浜地方裁判所において被控訴人敗訴の判決が言渡されたことは被控訴人の明らかに争はないところであるが、同判決の確定したことについては控訴人の主張も疏明もしないところであり、右判決の言渡によつてただちに本件仮処分の請求につき疏明がないものとすることはできない。

以上のとおりとすれば本件物件は一応再公売に付せらるべきものと解すべきところ、疏第一、二、三号証によれば、さきの公売処分による売却代金は金七十五万円であつて、これはすべて滞納の本税(所得税)および利子に充当されて残額はなかつたこと、しかし、右物件の昭和二九年度固定資産評価額は金八十二万円であることおよび本件物件はその敷地四十七坪四合六勺(昭和二九年度固定資産評価額金三十万五千四百五円)とともに昭和二八年一二月七日受付をもつて訴外鈴木さわのため、債権額金三十五万円利息年一割二分、弁済期同年一二月一五日期限後の損害金元金百円につき日歩金十五銭の約なる抵当権設定登記がなされており、この抵当債権は被控訴人の権利に先だつものであることの疎明あることが認められる。

そこでかように本件物件の昭和二九年度の固定資産評価額が金八十二万円であるところから考えると再公売においては同物件が金七十五万円以上では売却できないとは断言できず、したがつて先順位抵当債権には共同担保物件があるから、同人が民法第三九二条により右売却代金から滞納税金を差引いた残額によつてその債権の弁済をうけるか、共同担保物件により弁済をうけるか、あるいはその双方から按分により支払をうけるかは未定の問題であつて、(控訴人は先順位債権者鈴木さわは本件公売処分による配当加入の申立をしたというがその疏明はない)再公売による売却代金の金額いかんと鈴木さわの抵当権実行の方法とによつては被控訴人は右売却代金による一部支払も全く不可能とはいえないし、仮に鈴木さわが右売却代金によつてその債権につき一部支払をうけたときはそれだけ先順位債権が減少するわけであるから本件物件の敷地にたいする抵当権実行による被控訴人への弁済額が多くなることが期待されるのであつて、(疏甲第一号証によれば被控訴人は右敷地の上に本件物件と共同担保権を有することの疏明がある)かつ万が一の場合を考えると滞納税金および先順位抵当債権は第三者弁済により消滅するということもありうる道理である。

以上のとおりであつてみれば被控訴人は前記公売処分が有効であるか無効であるかについては法律上の利害あることが明白であるから右公売処分につき利害関係ある控訴人、鈴木留吉および藤沢税務署長にたいし右公売処分の無効確認(あるいは公売処分の無効を理由として本件物件が控訴人の所有であることおよび被控訴人はこの物件の上に前記抵当権および停止条件付権利を有することの確認)ならびに右公売処分の結果抹消された右抵当権および条件付所有権移転請求権保全の仮登記の回復登記手続を求めるべきものである。そして抵当権者は抵当権設定者が目的物件を使用収益する権利をさまたげらるものではないから、被控訴人は控訴人が本件物件を使用収益するためにこれを第三者に賃貸借のためその占有を他に移すことを禁ずる権利を有しないことはいうまでもないところであるが、控訴人がもしその物件にたいしその価値を減損する行為をする場合は被控訴人は担保価値を害され損害をこうむること明らかであるから前記抵当権者として目的物件の現状維持のため、控訴人の同建物にたいして右のごとき変更を加えることを禁止する旨の不作為の給付判決を求めうべき筋合であり、この訴は前記本案訴訟における請求の変更あるいは別訴においてこれをなしうるところである。

よつて被控訴人は控訴人にたいし本件物件につき仮処分により保全されるなんらの利益もなく、控訴人は正当なる当事者適格がない(当審におけるあらたな主張(イ))とすることはできないし、原判決事実らん主張(1) 、(2) 、(3) および当審におけるあらたな主張六の(ロ)ないし(ト)の主張もすべて理由のないものである。

しかして疎甲第四号証によれば本件建物はその店舗内外にコンクリート塗装工事がはじめられ、二階を他人に貸すおそれあることの疏明はあるけれども、このことがあるからといつてただちに本件建物の取引価額が減損するものとはいいえないし、その他本件における一切の疏明資料をしんしやくしても控訴人が本件物件の担保価値を毀減する行為をするおそれあるものとは認められない。

されば本件仮処分申請は仮処分の請求についてはその疎明があつたものといいうべきも、仮処分の理由たる事実については疎明がないことに帰するものである。

しかして以上被控訴人主張の本件仮処分の請求、仮処分の理由たる事実に照せば、本件仮処分は被控訴人をして疏明にかわる保証を立てさせてもこれを許すべからざるものと解するのを相当とするから、本件につきさきに横浜地方裁判所のした仮処分決定はこれを取消し、被控訴人の本件仮処分申請を却下する。

よつて民事訴訟法第三八六条第九五条第八九条第一九六条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 藤江忠二郎 原宸 浅沼武)

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